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    「さうぢや」

    「うむ、わしか」

    「いゝよ、君。帰りたまへ、その方がいゝんだから」

    口を切つたものの房一は頭の中でとまどつていた。あんなに考へていた言葉が今急にどこかへ消えてしまひ、何を云ひ出したのか後をどう云つたものか判らなくなつてしまひさうに感じた。彼はかすかに汗ばみ、そのどちらかと云へば醜いむくれ上つた眉肉や厚い唇が力味を帯び紅ばんで来た。

    と、小谷が徳次の足に目をつけて云つた。どこで手に入れたのか、徳次は白い紙緒の藁草履をちやんとはいていた。

    私にとっては、三十八度から四十度ぐらいが最も快適な入浴であることを確認したが、冬は湯上りの寒さに抗する必要があるので、多少汗ばむのを我慢して、四十一二度の温泉の湯につかる。伊東市でこれ以上チッポケな湯殿はなかろうと思われるぐらい、洗い場もないほどのところだが、私にはこれ以上の広さも必要ではない。ただ釜たきをする人たちが気の毒であった。

    「ふむ、もうよろしい、よろしい」

    「おとうちやん、どこへ行くの」

    相手は何か答へたらしかつたが、房一のところへは聞きとれなかつた。今まで静まりかへつて事の成行を見まもつていた人だかりが急にどよめいたからである。そして、柵の向ふでは、相手になつている男のうしろに出張所側の連中がかたまつていた。その長身の男も今更後へはひけないと云つた様子だつた。その時、房一の肩をまだ押へつゞけていた練吉の手が痙攣するやうにふるへた。

    「さうよ。てめえはその大将だらう」

    「あんまり、ぢつとしとつてもな、身体が生なまに、なるもんぢやから」

    「やあ。先日はどうも」

    と、房一は自然と紅黒い顔をひきしめた。相沢は随分永い間、それこそ房一がうんざりするほど永い間こつちをのぞきこんでいたが、

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