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二人は自転車をひきずつたまゝ近よつた。
次に記すのは、ほんとうの怪談らしい話である。
体が、と云ふより声が引つこむと、代りにそこに姿を現したのは盛子だつた。すると、うす暗い台所の板敷の上に眩しいやうな、うすい葉洩れ日のやうな気配けはいが立つた。
「それあ、いかん。こんなに多くはいらんよ」
さう呟きながら、下手を眺めた。
徳次は自分のことのやうに熱心に路順を考へた。
「わたしやア――」
「馬子まごにも衣裳つて云ふから――」と云つたほどである。
徳次はしばらく考へていた。
「ですが、一体財産譲渡つて云ふのはいつのことなんです、大分前ぢやないですか」
両隣りに挨拶するのも、土産ものを贈るのも、ここに長く滞在すると思えばこそで、一泊や二泊で立去ると思えば、たがいに面倒な挨拶もしないわけである。こんな挨拶や交際は、一面からいえば面倒に相違ないが、またその代りに、浴客同士のあいだに一種の親しみを生じて、風呂場で出逢っても、廊下で出逢っても、互いに打解けて挨拶をする。病人などに対しては容体をきく。要するに、一つ宿に滞在する客はみな友達であるという風で、なんとなく安らかな心持で昼夜を送ることが出来る。こうした湯治場気分は今日は求め得られない。
「どうもこれぢや――」
「さあ、知らん」